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PINKISH PUNKISH!

ライター七尾がお仕事・子育て・恋愛などについて、思いのままに綴っているだけのブログです。

2016年の振り返りと、2017年へ向けての野望的ななにか

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こんにちは!七尾なおです。

 

もう間もなく2016年も終了です。相変わらず夏休みの宿題は最後の方でまとめてやる性格が治らず、締切に間に合わすためにラストスパートかけていました。なんとかひと段落つきましたよ。

 

ということで、ちょっとだけ今年の振り返りをしてみます。今年はいろいろあったから、自分なりの学び的なものを載せてみます。

 

直感にはとりあえず従っておく

これ、気づき自体はずいぶん昔からあったと思うんです。でも、わたしって良く言えば慎重派。有り体に言えばビビリ。というわけで、思い立ったが吉日!と動くのが苦手なんですね。

 

「感情にまかせて動いて、後悔することにならない?」

「失敗したら、まわりからバカだって思われない?」

 

…とまぁ、こんな感じ。本当はやらない後悔の方がズシンとくることも知ってるのに、動けないんだなぁ。変化が怖い、臆病者なんですね。

 

けど、やっぱり直感には従った方がいいってことが明らかになりました。仕事でも、プライベートでもそうですけど、「うーん?」と思ったものが後から「やっぱり素敵!」と変わることってほとんどないような気がします。

 

あ、乙女ゲームは別だけどね!初見で「イマイチ…」でも、どんでん返しとかあるから!普通に!←聞いてない。

 

置かれた環境に無理して耐えてもいいことない

わたしね、自慢じゃないけど結構ガマン強い方なんです。嫌なことがあってもニッコリ対応できるし、「やーめた!」って投げ出すことのできないタイプです。

 

それが長所の一つだと信じてきたんですが、なんだか不毛な気がしてきました。
というか、「これがわたしのイイトコロだから!」って言い聞かせていたような気がする。


変化が怖いというところと繋がるのですが、行動を起こす勇気がないことへの言い訳だったような気がします。

 

「やーめた!」と言うことは、時にとても怖くて勇気がいります。でもちょっとだけ頑張ったその先には、もっといいことがあるかもしれない。それなら早いとこ勇気出しちゃった方がいいよね?わたし!と自分に言い聞かせて、前に進んでいます。

 

我慢強さや責任感の強さは、確かに長所の一つだし美点だけど、「それこそが自分の価値だ!」って思い込みは捨てた方がいいかもしれません。

わたしがまさにそのタイプだったけど、そんなのが自分最大の長所って、なんだかつまらない。もっと他にいいところがあるはずだよね?と信じて、自分を見つめ直す最中ですw

 

他人は変えられないが、自分ならなんとかなる

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これも知ってました。10代の頃、暴力を振るう恋人を更生させようとして必死になって、まったく何の意味もなくて、悟ったはずだったんですけどね。

 

平和ボケして、忘れちゃってたのかなぁ。現状が良くないことを他人のせいにして、「自分はもうココまでやったんだから、あとはあなたが頑張ってよ!」と求めていたんです。

 

当然、何も変わりませんでしたよ。変わらないことに苛立って、ますます他人を責めて。で自分は意地になって、もう何の努力もしない!って思ったりして。

 

全然いいことなかったです。毎日どよーんと沈み込むばかりでした。今思えば、わたしにもまだまだできる余地があった。でもそれを「やらない」と決めていたのは、他でもないわたし自身だったのですね。

 

わたしは弱くてずるい人間なので、自分にできないことを他人に責任転嫁し、「わたしはなんにも悪くない!」と閉じこもっていたんです。あー、やだやだw

 

四面楚歌みたいな状況でも、どこかに気づいていない抜け道があるはず。他人が見つけるのを待つんじゃなく、自分で探しに行ける人でありたいです。

 

いいことは連鎖する

「願い事は願えば叶う」なんてよく聞きますね。わたしはひねくれ者なので、そういう話を聞くと

「へえ!じゃあ願ってみよう」と思う自分と

「そんなバカなことあるかいな」と思う自分が混在します。

 

否定はしないけれど、みんなに当てはまるわけじゃないだろうしね~なんて、ちょっと冷めてる。そこは認めます。

 

でも、やっぱり願い事は願わなければ叶わないんだよね。願いにも、口にする言葉にも、

「そうなりたい」

「そうしよう」

という意志がこもってる。その意志に突き動かされて、人はどこかへ行けるし、何かを手にできる。

 

で、いいことは連鎖する。

一ついいことがあると体調が良くなったり、精神的に落ち着いたり、人に優しくできたりする。そうすると、もっといいことが訪れると。

 

まぁ必ずとは言えないけど、少なくともどよーんとした人に楽しい話題は降ってきにくいし、にこやかな人にはみんなが良い話を持ってきてくれるものじゃない?

 

わたしはどよーんの日々を抜け出してウキウキわくわくモードに変わってから、なんかいいことばっかり起こってる気がします。

偶然でもいいの。それで「やったー!うれしい!」と思えることが、人生には必要なものだから。←うまくまとまった

 

実は自分が一番バカだった

・昔からいい子ちゃんタイプ、優等生タイプ
・失敗が怖くて、小さくまとまっちゃった
・大きな失敗をしてこなかった
・自信がなくて、いつもウジウジ
・思い切りがなくて、行動できない

 

わたしってこういう人。はっきり言って成功者にはなれないタイプだよね……フリーライターなんて始めたけど、フリーっていう働き方、合ってないんじゃないかな……。

 

とばかり考えていたんですが、あれ、待てよ?と。

わたしそんなに賢い系だったか?と。

 

そう、すっかり忘れていたけれど、恋愛が絡んだわたしはものすごいバカな女でした。

 

恋にかまけて受験勉強をおろそかにし、狙った男は絶対に落とす!と玉砕することなんて考えもせずぶち当たり……他にもとにかく散々なエピソードしかありません。

 

むしろ失敗しかしてない気がする。

 

あ、そっか。わたしバカだったんだ……という気づき。なんかいつの間にか、自分が小利口タイプだと思い込んでいたんですけど、全然そんなことなかった。

 

わたしバカなんです!という開き直りを手にさえすれば、もっと高く翔べるんじゃないかな。もっと翔びたいな。

恋したわたしも普段のわたしも、どっちもわたしの一部なんだから、きっとできるんじゃないかな?と思いました。

 

2017年はもっと自分らしく!

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逃げ恥のドラマ最終回で、みくりが言ってましたね。
自尊感情が低いのは私だ。私は、自分が嫌いだ」って。
あれ、すごくわかります。

 

でもそんなみくりに、ナイスガイ平匡さんが言ってました。
「そんなの、ぼくにとっては今さらですよ」って。

 

もしかしたら、わたしの持ってるイヤーな部分。誰にも見られたくない、隠していたいと思っていた部分も、まわりの人からしてみれば「今さらw」なのかもしれないんです。

 

それなら、もっと好き勝手にやっちゃえばいいんじゃない?って、開き直れた気がします。まぁ、そんなすぐに、劇的に変わることはできないけど、考え方が変わるだけでも大きな一歩だからね。

 

ということで、2017年はもっと自分らしく、もっと好き勝手に、やりたいようにやる!以上!!

 

 

はい。

ではでは、みなさま良いお年を~♪

これは自分との戦いなのだ

白状します。

 

専業ライター始めてから、たるんでる。

 


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兼業の頃は時間が限られていたってのもあって、早起きしてガツガツ書いてたんだよね。

 

うん、わたしやればできるじゃん?

 

なんていい気になってたんですけど。

 

いざ時間が取れるようになると、

「ちょっとくらい休憩してもまだ時間あるし~♪」

とか言い訳して、ついもう一本アニメ見たりもう一冊漫画読んだりしちゃうのん。

 

そして月末が近づくにつれて、

やっば

ってなってるのん。

 

先月もそう、そして反省を生かせず今月もそう!!

 

そうでした。わたし、他人に優しく自分にも優しくが染みついた人間なのでした。

 

どんなに立派な人にでも、

「楽したい」

「サボりたい」

という気持ちは、心のどこかに潜んでいるのではないでしょうか。

それ自体は悪いことでもなんでもない。ごく普通の、人として愛すべき弱さだと思います。

 

会社員であれば様々な強制力がかかるので、それによって軌道修正ができますね。

 

わたしはこの強制力に対する反応はすごく良い方でした。言われた事に忠実に従う、イヌ的能力はなかなかのものだと自負しております。

 

しかし今、切実に感じるのは、

イヌじゃダメだ......ッ!!

ということです。

 

だって、わたしにはもうご主人がいない。昼間、好きなだけアニメ見たって漫画読んだって、「コラッ!」と言う人は誰もいないんだもの。

 

そうしてゆるゆると仕事をしてきた代償が、月末の大繁忙であるよ。

 

律する心!

自分との戦い!

 

負けられない戦いがここにある。

 

12月も後半戦。ここからエンジンかけて、清々しい気持ちで年を越すんだ...!!

 

―起きられない朝、オフトゥンの中より―

在宅ワーカーの憂鬱


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こんにちは!七尾なおです。

 

毎日がんばって働いていますが、そしてこれは在宅ワーカーあるあるなのかもしれませんが、いまひとつ理解が得られていない気がします。

 

家のことしろよ感

夫が明らかに、外で働いていたときよりも「家のことしろよ感」を出してきています。

 

うんまあ、たしかにそうかもしれないよ?家にいるのは事実だからね。でもこっちだって、まだアタフタしながらやってるわけで、そういう時って、家のことまで手が回らない!なんて言うでしょ?

 

しかし、確実に以前よりも厳しい眼差しで見られている。そりゃできるものなら、もっとうまいこと調整したいと思ってるんですけどね。

 

なんだか、自分は転職したからって上に立ってるみたいな感じがして、モヤるのですよね。

 

息子、お前もか!

まぁ夫のことはほっておき...とか思ってたら、息子からも似た発言が飛び出したんですよ!

 

「ママ、家でお仕事っていったって、いつだって休めるんでしょ」

 

うーーーん?

間違いではないけれど、間違ってない?その認識。

 

やっぱり「外へ行く」ことが「働きに行く」ものだと思っていて、家にいて仕事してるって言ってもピンとこないみたい。

 

誰に会うわけでもないし、そりゃそうかもなぁと思いますが。

 

娘はというと

4歳の娘はこう言ってました。

「おとなになったら、会社で働かないままおうちでお仕事始めるの!パソコンとか使って!」

 

うーーーん??

それもどうなのか。社会で働くっていうのも、良い経験になると思うんだけど。

 

女性の場合は、在宅で仕事ができるっていうのは大きなメリットになると思うのは確か。

 

だから、本人の希望や状況次第で在宅にシフトできるような仕事をする、というのがいいと思うんだよね。

 

選択肢をたくさん

わたしは選択肢をあまり持たずにここまで来たけれど、子ども達にはなるべくたくさんの選択肢の中から、自分で取捨選択をしてほしいと思うんだよね。

 

知らないものは選択肢に入りようがないから、そういう意味ではわたしのこの働き方も、彼らの将来に少しは役立つと嬉しいなと思うのでした。

 

 

 

 

ハードルは低くしておくものよ

こんにちは!七尾なおです。

 

まもなく11月が終わりますね。今月は専業ライターとして稼働し始めた最初の月でした。誰のためでもありませんが、自分的な備忘録として書き残しておこうと思います。

 

つれづれと。

 

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目標金額クリア!

当初決めていた目標金額はクリアできました。

 

といっても売上ベースの金額なので、実際に入金される額がそこに届くかどうかはちょっとわかりません。

 

手取りという意味ではまだ未確定なんですが、それはクライアント様側の都合によるものですから、とにかくわたしとしてはやったよ!と。そういうことです。

 

でも足りない

目標は低めに設定していました。初心者だ、駆け出しだと主張するのはかっこ悪い言い訳だという指摘を目にして、「はっ、たしかにそうだ!」とプロフィールからそれっぽい文言を全削除したわたしですが、やっぱり初心者だし駆け出しなんです。まだ。

 

そんな感じなので、目標額は低くしておいて、小さな成功体験を積み重ねて自信をつけるという作戦です。さながら子育てのようですね。

 

子どもには小さな「できた!」をたくさん知ってもらうことが大切なんですってよ。

 

だからそうしたのに、なんか全然「これじゃ足りない!」って思いばかりが先走っております。なんのための目標金額だったのか。

 

一歩ずつ、着実に

ともかく焦っても仕方がなく、当面の目標はクリアできたのだから万事OK!ということにいたします。小さな「できた!」では満足できなかったのは、向上心のあらわれだというポジティブシンキングに置き換えてみます。

 

少しずつですが、継続してご依頼をくださるクライアント様が増えています。これだけライターがたくさんいる中で「またあの人に頼んどくか」と思っていただけるのは本当にありがたいことです。

 

わたしは、大ジャンプができない。それはとても歯がゆく自分を苛立たせるのですが、そういう人なので仕方がないのでしょう。

 

ハードルは低く、着実にステップアップしていければいいかな。一つ仕事をするごとに、「またあの人に頼んどくか」と思ってくださる人が一人、また一人と増えるような、丁寧な仕事をしていこう。

 

来月もがんばります!

暴力のなかに愛なんてないんだってば

モラハラ男っぽい内容のブログを読んでしまったせいだろうか、過去のいやああな記憶が呼び起こされてしまったので書いておこうと思う。

 

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わたしは気が強い方ではない。というよりむしろ最弱といって差し支えないくらい、いろいろなプレッシャーにことごとく弱い。

 

そのうえちょっと自己肯定感が低いところがあって、油断するとすぐに「わたしなんて…」とか言い出すウザいところがある。実際にはそれがウザいと知っているので、言い出さずに心の中でだけ思っておくあざといところもある。でもたぶん態度に出てると思う。

 

それでもメンタルが崩壊したことはない。いわゆるうつ病とか、そういう病気にかかったことがない。

 

つい最近も身近な友人の一人が職場のストレスでメンタルクリニックにかかったと言っていたので、そんなに特殊な病気でないことは、なんとなく知っているんだけど、少なくとも病院にかかるほどひどいことになった記憶はまだない。

 

気が強いとか弱いとか、そういうのとは直接的に関わりないのかな、と思っている。あくまで個人的には、だけど。

 

心が疲れてしまうと、自分の意図とは関係なくスーッと引き寄せられる感覚がある、なんてことを聞いたことがある。

 

理性を手放している状態、ということなのかな。

 

そういう感覚をわたしは知らない。

 

昔の彼氏にDVを受けていた頃、雪の降りしきるベランダに全裸で放り出されたことがある。

 

窓には鍵をかけられて、あの男は中で薄ら笑いを浮かべながら温かい飲み物を飲んでいた。

 

気が済むまで入れてもらえないと知ってはいたけれど、一応パフォーマンスとして「入れて!」と窓を叩いたりはしてみた。意味なかったけど。

 

振り返ると、地面がはるか下に見えて、ここをぴょんと越えたら、もう楽になれるのかなぁなんて思った。でも同時に、あそこを歩いている人達から、わたし見えてるんだろうか…素っ裸で、はずかしいなぁとも思った。

 

飛び降りる勇気はない。殴られるのも怖いけど、柵を乗り越えるのはもっと怖かった。

 

わたしを冬のベランダに追い出した男は、そのあとも何度も「好きだよ」と言った。その頃にはもう好きとか嫌いとか、そんなのはどうでもよくて、ただ殴られない生活だけが欲しかったから、本当に何もかもがどうでもよかったんだよ。

 

でも今思えば、そんな「好きだよ」おかしくない?

 

女の子は誰だって愛されるために生まれてきたはずで、まぁ男の子だってそうかもしれないけど、とにかくそんなのおかしいでしょう。

 

わたしは雪の中で全裸になる寒さを知っているから、息子には「女の子には絶対に暴力をふるうな」と言っているし、娘がわたしに似てダメ男を好む道に進まないか、そればか心配している。

 

たぶん恋愛って楽しいものなんだと思う。わたしはあんまり、楽しい恋愛って知らないけれど、子ども達にはそういう恋をしてほしい。

 

暴力が登場した時点で、それはもう恋でも愛でもないと思うんだよね。

ぼくとわたしの胃腸炎ヒストリー


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寒くなってくると、ワーキングマザー達の間にはピリピリとした緊張感がただよい始める。インフルエンザや胃腸炎など、いろいろな感染症が流行する、子ども達がやたらと体調を崩す時期なのだ。

 

わが家は幸いにも、インフルエンザにやられたのは昨年に一回だけなのだけど、あれにかかると最悪。数日間は登園停止となるし、親が移されればさらに数日間は出勤できない。これに良い顔をする勤務先はまずないだろう。

 

わが家の場合、インフルエンザとはあまり縁がなかったが、代わりに胃腸炎とはすっかり馴染みの仲である。ノロとかロタとか、ああいうやつね。

 

娘が0歳の頃から毎年のように、やつらはやってくる。それこそ角田課長ばりに「暇か?」とあいさつもそこそこに、こちらの返答も待たぬうちに入り込んできては猛威をふるうのだ。暇じゃねえよ!

 

子ども達が赤ちゃんに近い頃は、それはそれは大変だった。「お腹が痛い」「気持ちが悪い」なんて言葉を持たない彼らは、なんの前触れもなく突然リバースする。

 

あぁ、たしかに考えてみれば今日はちょっと元気がなかったし機嫌も悪かった。あれはこういうことだったのね...なんて回想にふけったところで、もはや何の意味もない。

 

もちろんトイレへ駆け込むとか、手近なゴミ箱を引っ張ってくるとか、そういう概念もない。当たり前だけど。地獄絵図のようなベッド、泣きじゃくるわが子を「大丈夫!?」と抱え上げたまさにその時にやってくる第2波に、見事に被弾する。

 

しばしばママ達が言っていた「浴びる」とは、これを言うのだな...なんてやけに冷静な自分がいたりもした。

 

腸炎は感染力も強い。一人の胃腸炎が家庭内に蔓延してパンデミックを起こす。そして全滅。今思い返しても身震いのするような、壮絶な数日間だ。

 

子ども達の成長を感じるのは、この時期だ。いつの間にか、しっかりと言葉で自分の体調を教えてくれるようになった。そばにバケツを用意しておけば、そこでいたすこともできる。

 

ああ、もう泣いて助けを求めるだけの赤ん坊ではないんだな。なんてしみじみとしたりする。

 

冬は寒くて、大嫌いだ。でもあの戦場のような夜はもう訪れないのだと思うと、ほんのちょっと冬が好きになれるような、そんな気さえするのだった。

 

雨宮まみさんの訃報に寄せて

「まーた、タチの悪い冗談か」

 

見出しが目に飛び込んできた瞬間、まず思ったのはそんなことだった。インターネット上ではしばしば「〇〇が死亡www」みたいな不謹慎なタイトルが落ちているから。

 

しかし、と思い直す。ん?ともう一度よく読んでみる。訃報、亡くなった、たしかにそう書かれている。決して悪い冗談を言いそうにないアカウントが、その情報を伝えている。

 

女子をこじらせて (幻冬舎文庫)

 

雨宮まみさんは、わたしが大好きなライターだ。

 

彼女のことを知ったのはわりと最近のことだったけれど、書かれた文章を読めば読むほど心に染み入ってくるような、そんな言葉を紡ぐ人だと思った。

 

一見すると整った顔立ちからはとてもうかがい知れない、アンバランスで不安定な心の闇みたいなものに、強く惹きつけられた。

 

少し、わたしと似ていると思った。

 

心の奥からマグマのように湧き出る、熱くてドロっとしていて、他人はもちろん自分にも手に負えない、そんなたぎる感情が惜しみなくこもっている文章に、心をわしづかみにされた。

 

こんなにも愚かで、みっともなくて、ぐちゃぐちゃで、それでも美しくありたいし愛されたいと願うのは、自分だけではなかった。世の中には同じような人もいるのだと。

 

かと思えば彼女の言葉には、傷つき疲れた人をそっと抱きしめてあげるような、そんな優しさもあった。人間の弱さ、脆さ、汚さをよく知っているからこそ醸し出すことのできる雰囲気なのだろう。

 

下手ななぐさめや、無神経な激励もない、ただ隣に座って「うんうん」「そうよね」とうなずいてくれて、涙がこぼれてきたらポンポンと頭を撫でてくれるような、何から何までくるんと、包み込んでくれるあたたかさだった。

 

ああいう人になりたいと、漠然と思っていた。自分の欲望には貪欲に正直でありたい、人には優しくありたい、誰かの心をほぐすような文を書きたい。

 

 

これは雨宮まみさんのことだった。

 

あのため息の出るような、美しく紡がれた文章をもう見ることができないなんて。

 

Twitterのアカウントをフォローしていたので、最後のツイートもニュースではなくタイムラインでちゃんと見ていた。だからまだなんとなく、ピンとこない。もう彼女の言葉を聞けないなんて、うそでしょ、と。

 

今はとりあえず、安らかにお眠りください、とだけ言いたいです。